昨年ブログにUPしていた話とその後日談(?)を



『ベサニー(Bethany)』

悟空が悟浄たちの家から帰ってきた。盆で寺院内がバタバタするので、騒ぎをおこす猿を押し付けていたのだ。
それからずっと何かの歌を口ずさんでいる。
いつもの出鱈目で馬鹿みたいに明るい歌ではなく、はっきりとした『何か』の歌だ。
「…それは何だ?」
「それ、って?」
「さっきから歌ってるだろう」
「え?オレ歌ってた?」
「だから、そう言っている」
「あ〜、きっと八戒のが移ったんだ」
八戒が?あの男は頑なに歌うのを拒むような奴なのに?
「『さんびか』だってさ」
『さんびか』という耳慣れない言葉に眉をひそめる。
「八戒が、子供の頃いた『こじいん』でよく歌わされてたんだって」

−孤児院。
異教の施設で育ったという彼奴の、そこで歌ったという賛美歌。
また何を考えてるのかと、重い溜め息を吐き出した。


森の中の細い道を歩いていると、向こうから赤い髪の男がやってきた。
「よぉ。サルは?」
「仕事の帰りだ」
ふぅん、と気の抜けたような声で、ヤツはくわえていた煙草を揺らす。
「あ、そーだ。三蔵サマ次の週末ヒマ?」
「なんだ」
「花火大会があんだけど。ヒマじゃなくてもサルは寄越してねン。八戒サン、ご馳走作るんだって張り切ってるから」
じゃーね〜、と手をひらひらと振りながら脇をすり抜けていった。
絶対行ってやる。
こっちは盆だなんだと殆ど寺院に押し込まれていたんだ。
悟空ばかり優遇される筋合いはないだろう。
こっちにだって休暇を寄越せ。
ムカムカと脈絡のないことを考えていれば、目的の家はすぐ着いた。
呼び鈴を押すと、中から「はい」と涼やかな声がしてドアが開けられた。
「三蔵…?」
突然の来訪に驚いたようだが大きくドアを開け、俺を中に入れる。
「どうしたんですか?今日は悟空は?」
「仕事の帰りだ。猿はおいてきた」
「寂しがってますよ」
全く。こいつまで猿の話か。
カラン、と涼しい音をたてて目の前にアイスコーヒーが置かれる。
「お疲れ様でした。お盆、忙しかったでしょう」
「ああ」
一口、冷たいコーヒーを飲むと汗が引くような気がした。
「…猿がお前が歌っていた歌を覚えていたぞ」
八戒はちょっと首を傾げ、それから思い出したように
「移っちゃったんでしょうか。そんなに歌ってたわけじゃないんですが」
「貴様が歌うことが珍しいからだろう」
俺の言葉に苦笑し、肩を竦める。
「なんだって『賛美歌』なんか」
「さぁ…お盆だからじゃないですか?送る歌ですし」
そして「あまり好きじゃなかったんですけど」とつけくわえた。
『送る歌』など口ずさむこの男は、誰を想っているのか。
それを打ち消してしまいたくて、近くのソファーに八戒を押し倒した。



かなかなかな、と虫の声がする。
もう、日暮れ時に近づいているのだろう。
心なしか部屋の中も白くくすんでいるようだ。
腕や脚が何となくだるい。
ああ、少し眠っていたのだな、と思うと同時に、低い歌声が耳に入ってきた。
ソファーの背もたれに隠されて見えないが、窓辺に八戒がいるのだろう。
そっと音をたてずに体を起こすと、頬杖をついてこちらに背中をむけて八戒が座っていた。


主よ みもとに近づかん
のぼる道は 十字架に
ありともなど 悲しむべき
主よみもとに 近づかん


低く繰り返される声は、祈りのようだ。
「誰のことを考えている」
声をかけられて、少し肩が震えたが、振り返った奴はいつもの顔だった。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや…」
ジーンズだけを身につけ窓辺に行く。
「何を考えていた」
「いえ、宗教が違っても…魂に対する考えかたは一緒なんだなって」
天に昇るにしても、浄土にゆくにしても。
見守られても、夏に帰ってくるのだとしても。
そこに人は慰めと希望をかけるのだろう。
「お前もそうか?」
こちらの問いかけに、首を横に振った。
「貴方は…」
どうなのだ、という言葉は飲み込んで、自分の手を見ている。

『三蔵』という、とりあえず目に見える形に人が縋ろうとも。
「くだらんな。今を生きることにしか俺は興味がない」
組まれた指を引き剥がし、唇を押し当てる。

死、などというものに思いを馳せるな。
今は、まだ。


『fire works』

「悟浄、おっせーよ!」
「うるせーな、ちょこまかすんなサル」
よくまぁバーベキュー用のコンロを抱えて走れるものだ。
「猿ってゆうなー」
もうすでに遠く先で言い返してくる。
俺の少し後ろには八戒が食べ物の詰まったバスケットを抱えていて、その隣には物騒な最高僧が仏頂面で歩いている。
本当は、八戒と並んで歩けて嬉しいくせに。
俺の肩には飲み物のたっぷり入ったクーラーボックス。
「まだ着かんのか」
煙草しか持ってないくせに、三蔵がだるそうに言った。
「どうやら悟浄の取っておきの場所らしいですよ。僕も初めてなんです。とてもよく花火が見えるそうです」
楽しみですね、と八戒が笑いかけると、ふんと顔を背ける。
おーおー、照れちゃって。
よっ、とクーラーボックスを担ぎ直す。

あれから。
ずいぶんと俺の生活は変わった。
家に帰れば温かい食事が待ってる。
その家の中にもいろんな物が増えた。
今担いでいるクーラーボックスも、八戒が持っているバスケットも、悟空が抱えているバーベキューセットも。
コイツ等と出会ってから買った物ばかりだ。
花火だって、見ることはなかっただろう。
賭場で祭りにかこつけて飲み騒ぐことはあっても。
あ〜あ、ずいぶん俺、健全になったなぁ。

早く、早く、とデタラメな歌を歌いながら猿が八戒にまとわりついている。
俺たちの家のある森を抜けた川沿いにバーベキューセットとレジャーシートを広げ、ボックスを下ろし、早速一本ビールを取り出す。
「こっちにも寄越せ」
ちゃっかり三蔵が手を出してきた。
「〜テメェは労働してねぇだろうが」
「わざわざ此処まで出向いてやったんだ。働く必要がどこにある」
「ちょっ…八戒なんとか言ってやれよ」
バーベキューの用意をしている八戒に声をかけると
「えっ…ああ、そういえば三蔵、よく今日は来れましたね。てっきり悟空しか来れないと思っていたんですが」
と、かなりずれた答えが返ってきた。
おいおい八戒サン、それはちょっとカワイそうよ。三蔵サマ、めちゃくちゃ頑張って来たハズだぜ?
「おい、サル。火ィ起こせ」
「だからサルじゃねぇって!」
悟空にウチワを渡し、自分は炭の上に置いた着火剤に火を付ける。
「ほれ、仰げ」
「おうっ!」
日が落ちてそろそろ暗くなってきた。
八戒がランタンに灯を入れる。
「悟空、そろそろ鉄板乗せるぞ」
炭に充実火が移ったところで悟空と一緒に鉄板を運ぶ。
「八戒ー。早くー」
「はいはい。待ってくださいね。鉄板が充実温まってからですよ」
手際よく野菜を切って調理しやすいように皿に盛り分けていく。
「八戒、ほい」
ビールを手渡してやる。
「ありがとうございます。あ、三蔵。焼きあがるまえに飲み過ぎないでください」
ちゃっかり2本目に手を伸ばす三蔵に目ざとく止める。
ホント、八戒はよく見てるよな。
「八戒ー、もういいー?」
「ええ、火が通りにくい野菜からお願いしますね」
トウモロコシー、タマネギー、ナスー、肉肉肉ー!と調子をつけながら悟空が並べていく。
悟空に任せると肉ばかりになるので、うまく隙をついて野菜を並べる八戒。
「花火はまだか」
「さぁ、もうそろそろじゃね?」
そうか、と頷いてこっそりビールを取る三蔵。
「なぁなぁ、花火はどっちに上がるんだ?」
「川下のほうですよ」
「川下ってわかるか、悟空」
「そっくらいわかるよ、エロガッパ!こっちだろ!」
からかわれるとぷうっと頬を膨らませる悟空。
ああ、本当に賑やかな花火大会だな。
くしゃりと悟空の頭を撫でると、悟空の指差した先で最初の花火が上がった。


end.

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昨年ブログに書いた話と、そのすぐあとにUPしようとして忘れられていた話。
一年待って日の目を見ましたー。

我が家は田舎でして、半径2km以内に花火の打ち上げ場があります。
家の前が特等席。
それにしても、月極駐車場でバーベキューやってる方々にはびっくりしました。


'10.08.31


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