「悟空にプレゼントです」
その日、寺院にやってきた八戒は部屋に入ってくるなりそう言った。
「わー!なになに!?」
『プレゼント』と聞いて悟空が思うのは菓子の類だろう。実際、八戒はよく手土産にどこぞの店のものだとか、手ずから作ったものだとかを持ってやってくる。
八戒の手にあった薄い箱のような物を、待ちきれずに悟空が開ける。
「あれ?…八戒これなに?」
少しがっかりしたような声に顔を上げれば、袋から出てきたのは薄い本だった。
「絵本ですよ。悟空、文字は読めましたよね?」
「うん…ひらがななら」
「じゃあ、一緒に読みましょう。わからない字は、僕がおしえてあげますから」
「おう!」
『八戒と一緒』という言葉に悟空の顔が明るくなる。
「今?いま読む?べんきょうは?」
「そうですね、今日は漢字の勉強ということにしましょうか」
「うん!」


「なんで、その王様は子供を殺そうとしたんだ?」
「奴隷が増えすぎると困るからですね」
「ふぅん。でも奴隷がいっぱいいたら、いっぱい働かせられるだろ」
「ええ。でも数が多くなって団結して反乱を起こされたら怖いでしょう。だから男の子は殺すよう命令を出したわけです」
子供向けの絵本にしては随分物騒な話を読んでいる。
それでも、八戒の隣に座れるのが嬉しいのか、悟空は絵本を覗き込むように見ていた。
「あっ、でも一人男の子は助かったんだな」
「ええ、そうです」
「川のアシのあいだに隠したカゴの中に入れて…八戒、『アシ』ってなに?」
「葦とは河辺に生える植物ですよ。背が高くてたくさん固まって生えるので、こういうカゴを隠すのにちょうど良かったでしょうね」
どうやら八戒は絵を指差しながら説明しているらしい。
その指先を悟空は熱心に見ている。
「へぇ。…それで大きくなった男の子は『ドレイ』だった人たちを助けたんだ。カッコイイな!」
「ええ、格好良いですね」
悟空の言葉に満足したように八戒はにこりと笑った。
「なぁ、八戒この本、ほんとにもらっていいのか?」
読み終わった本をすでにしっかり抱えながら悟空が聞く。いったい何がそんなに、と思うが悟空はその話を気にいったらしい。
「ええ。そのつもりで持ってきたんですから」
「ありがと、八戒!」
そう言って本を抱え部屋を飛び出して行った。遊び仲間にでも見せるつもりなのだろう。
「三蔵、お茶でもお煎れしましょうか?」
今日この部屋に来てから初めて、俺の側に八戒がくる。
「…俺は救世主なんかじゃねぇぞ」
「え?何のことでしょう」
「惚けるな。あれは基督教の話だろう」
「ええ、まあ」

川に置かれた子供。
その男児が長じて人々を導く者になったこと。
八戒の育った環境で、恐らく何度も聞いていた話であろうことば容易に想像できる。
その話に何を重ね合わせているのかも。

「俺は誰も救わんし導かん」
「そうでしょうか。…少なくとも僕にとっては」
奴が身を屈めて俺の頬にそっと唇を寄せる。
まるで高位のものに対する恭順の意を表すような仕方で。
「口付けならこっちだろうが」
ぐいっと引き寄せ、膝の上に座らせる。
そして、噛みつくようにキスをした。
角度を変え幾度となく唇を重ねる。
俺の肩にしがみついていた八戒の手の力が抜けるころ、ようやく解放した。
「救世主はこんなことしないだろう」
「…まあ、しないでしょうね。最高僧がこんなことするのもどうかと思いますが」
「ふん。そんなのは所詮称号だ」
「…それでも、僕にとって貴方は大切な人です」
-だから、貴方がいてくれてよかった。
耳元で囁かれる言葉。
「もう黙っておけ」
そう言ってもう一度唇を重ね合わせた。




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ネタ提供は身内です。
『最遊人』の原典の『西遊記』の概略を読んだ身内が
「三蔵ってモーゼじゃん」
と言ったのがきっかけ。(『十戒』という映画を見てね)

ブログに載っけた時は、あと10分でライブに行く!という時間に投稿したのです。
後で書き直そう…と思ったのに、最後の数行の三蔵様の行動が素晴らしすぎて、これ以上のものが出てきませんでした。
さすが最高僧。

'09.11.29
'09.12.13再掲

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